放射線の分類について
放射線治療で一般的に用いられるのは、エックス線やガンマ線など光子線と呼ばれる電磁派を用いた治療です。陽子線はじめとする粒子線は、高エネルギー原子核の流れであり、放射線のひとつです。
水素の原子核である陽子を加速しエネルギーを高めた陽子線を用いた治療が陽子線治療です。
陽子線治療の特長
体内での放射線分布の違い(いわゆる「ブラッグピーク」)
陽子線は、エックス線と異なり体内を一定程度進んだ後急激に止まり、そこで一気に高いエネルギーを周囲に発散します。これをブラッグピークといいます。このブラッグピークによりピンポイントに高線量を投与することが可能です。しかし、実際の病変は点の様な形ではなく、ある程度のボリュームを持って存在します。陽子線治療システムでは、エネルギーを変えてブラッグピークの位置を少しずつずらした陽子線を組み合わせることで、がん病巣の大きさにあわせたブラッグピークを作ることができます。これを拡大ブラッグピークといいます。この性質を利用すること、病変に集中して高いエネルギーを与え、周辺の正常細胞に与えるエネルギーを少なくするよう線量等を調整することができます。病変に対して、集中して高線量を照射することで高い治療効果が期待でき、また正常組織に対する障害を大きく減らすことが可能になります。
人間の体の中には放射線の影響を強く受ける臓器が多数あります。代表的なものは脳脊髄神経や消化管などです。たとえばこの図は肝臓がんの例ですが、陽子線の止まる性質を利用することで胃や脊髄神経にほとんど無駄な線量を投与することなく病変に集中的に照射が可能です。正常の肝臓に照射される体積を少なくすることで肝機能も温存できます。下は前立腺がんの例です。通常の放射線治療で使われるX線は止めることができないので前立腺に高線領域を作るには複数の方向から重ねるように照射することになります。複数のビームを重ねることでどうしても周囲にまで照射範囲が及んでしまいます。陽子線治療では、ビームが止まる性質を利用して少ないビームで前立腺に高線領域を作ることで周囲に不要な照射を避けて治療することが可能です。小児では、発育・発達障害、二次がん等の晩期合併症のリスクがしばしば問題とされていますが、陽子線治療ではこういったリスクを最小限に軽減させた治療が可能です。
放射線治療のイメージ図
当センターの陽子線治療の特長
1.ブロードビーム照射とスキャニング照射の切り替え方式
当センターの陽子線治療装置は、シンクロトロン加速器による世界初のユニバーサルノズルを搭載し、ブロードビーム照射とスキャニング照射の切り替えを可能にした装置です。ブロードビーム照射では、装置からはビームの束が照射されますが、コリメータやボーラスといった器具で調整する方法です。コリメータは幅3.75mmのくしの歯状の金属です。治療計画用コンピュータで最適と計算された形状に連動して開閉し、病変の外側のビームを遮断します。ボーラスはブロック状のポリエチレンです。中を掘削して、ビームは底の厚い部分では体内深くまで届かず、薄い部分では深くまで届くようになります。これらを組み合わせることで、病変の形、大きさ、体表からの深さに合わせてビームの束を作ることが可能です。スキャニング照射は、病変を点の塊と見なして1点ずつピンポイントに塗りつぶすように照射する新しい方法です。ブロードビーム照射とスキャニング照射にはそれぞれに利点がありますが、当センターの装置は切り替えを可能ですので、患者さんの病変に適した治療が可能です。また、本来はブロードビーム照射でのみ使用されるコリメータをスキャニング照射に組み込ませて、両者の利点を融合させた治療もできます。
-
マルチリーフコリメータ(MLC)
-
MLCを使用しフィルムに照射した結果
-
様々な大きさ深さのボーラス
2.モンテカルロ法の導入
陽子線治療を含めた放射線治療では、どこにどの程度の線量が照射されるか事前に計算します。その計算はとても複雑で、実用的な時間でより正確に計算できるよう様々な手法(「線量計算アルゴリズム」といいます)が今まで多数開発され進歩してきました。陽子線が器具や人体中の骨や空気などの物質を通過すると、エネルギーを失うだけでなく、進行方向に対して側方に散乱されてその軌道が曲げられます。従来の線量計算アルゴリズムでは、側方に散乱された影響の計算に関して精度に限界がありました。これをより正確に計算することを可能にする線量計算アルゴリズムとしてモンテカルロ法といったものがあります。当センターでは2019年より、このモンテカルロ法を使った治療を開始しました。
モンテカルロ法によって計算された陽子線の線量分布(左)と従来の線量計算アルゴリズムによる線量分布(右)